建築基準法の改正や民泊ブームの影響もあり、ここ数年「空き家を活用して旅館業を始めたい」「中古住宅を購入して宿泊施設に転
用したい」という相談が増えています。ところが、いざ申請段階に入ってみると想像以上にハードルが高く、途中で計画が止まってしまう人も少なくありません。
この記事では、実際に建築士として申請や現場を数多く経験してきた立場から、旅館業の用途変更でつまずきやすい五つのポイントをお伝えします。これから計画を進める方の参考になれば幸いです。
まず大きな壁となるのが建築基準法の用途変更です。住宅を旅館や簡易宿所に変えると建物用途が「住宅」から「特殊建築物」に変わり、耐火性能・避難経路・採光・換気など求められる基準が一気に厳しくなります。「小規模だから大丈夫」と思っていても、追加工事や図面の再作成が必要になり、想定外のコストが発生することは珍しくありません。
次に軽視しやすいのが消防法の基準です。旅館業では自動火災報知設備や誘導灯、消火器などがほぼ必須となり、住宅用の警報器だけでは不十分です。建築確認は通ったのに消防で止まるケースは非常に多く、消防署との協議は早めに進めることが欠かせません。
さらに用途地域や自治体の条例による制限も見逃せません。第一種低層住居専用地域では旅館業が認められない場合があり、条例によって立地が制限されることもあります。物件を購入してから「用途変更できなかった」と気づいても手遅れです。購入前に必ず自治体へ確認することが鉄則です。
また実務上よくあるのが、設計図書が揃わずに申請が止まってしまうケースです。中古住宅では既存図面が残っていないことが多く、その場合は測量や実測図の作成から始めなければなりません。さらに避難計画や設備図、場合によっては構造計算も求められ、準備不足だと審査が長引き、オープン予定に間に合わなくなります。建築士のサポートを受けることで時間ロスを大幅に減らすことが可能です。
最後に大きなつまずきとなるのが費用とスケジュールの見誤りです。耐火性能の追加工事、消防設備の導入、設計費用、申請手数料などを正しく見積もらないと、リフォーム費用だけで済むと思っていた計画が数百万円規模で膨らむこともあります。特に投資家の場合は融資のスケジュールと申請の進み方が合わず、計画が破綻してしまうリスクがあるので要注意です。
旅館業の用途変更は見た目以上に複雑で、建築基準法・消防法・用途地域・設計図書・費用と、クリアすべき課題がいくつもあります。しかし事前に専門家へ相談し、リスクを把握した上で計画を立てれば成功の可能性は高まります。不動産業者や施工店だけに任せるのではなく、建築士や構造の専門家と連携することが安心への第一歩です。
これから旅館業に挑戦しようと考えている方は、ここで紹介した「五つのつまずきポイント」を頭に入れ、冷静に準備を進めてみてください。