現場を知らない建築士が増える時代に ― 大工の棟梁であり、1級建築士である私の視点から ―

2025年04月11日 02:25
カテゴリ: コラム


こんにちは。
私は長年、大工として現場に立ち、家を「手で組み上げる」仕事をしてきました。
一方で、設計士として図面を描く、1級建築士の顔も持っています。

いわば、両極にある世界を行き来してきた人間です。
だからこそ今、若い世代やこれから建築士を目指す方々に、ひとつ伝えたいことがあります。

図面の線だけでは、家は建たない


あるとき、プレカット図面通りに刻まれた梁が、現場でうまく納まらなかったことがありました。
原因は、一本の柱の根元にあった“わずかなねじれ”。
CADでは見えないその微妙なズレが、全体の納まりに影響していたんです。

現場では、それをどう調整するか?
削るか、噛ませるか、納め直すか……判断は一瞬で求められます。
そこに必要なのは、“図面”ではなく“勘”と“経験”です。

技術継承とは「教えること」ではなく「育てること」


最近は「職人の技術を残したい」「継承したい」という声も増えています。
動画や3Dスキャンで記録する、若手育成の制度を作る――確かに大切な試みです。

でも、技術はただの「手順」ではありません。
どうしてそこに墨を引くのか?
なぜその材料を、そう納めるのか?

その判断には、必ず“現場で培った理由”がある。
こればかりは、教科書や動画では伝わらない。
現場に身を置いて、やってみて、体で覚えるしかないのです。

図面の向こうに、現場があることを忘れないで


私は今でも、図面を描くときには現場の風景を思い浮かべます。
この納まりは現場でどう施工するか?
大工が手を入れやすいか?
材料の重さ、段取り、施工の順番……。

現場を知らなければ、図面は「描けても伝わらない」ものになります。
だからこそ、若い建築士の方々には、
図面の線の先にある“手の動き”を想像できる人になってほしいと願っています。

AIの時代にも、職人技が必要な理由


AIが建築の世界に入り、プランニングや積算、施工の自動化も進んでいます。
とても便利な時代ですし、私自身も活用しています。

けれど、それだけで「いい家」ができるとは思いません。
素材の質感、現場の空気、人との会話、手応え。
それはAIにはまだ触れられない“人間の感覚”の世界です。

職人技は、古い技術ではなく、“人間らしさ”そのものなのだと思います。

棟梁であり建築士の私が、今思うこと


私は、大工として現場を知り、建築士として設計を知りました。
だからこそ、その両方があって初めて、本当に豊かな家づくりができるのだと実感しています。

もしあなたがこれから建築士を目指すなら――
そして、すでに図面を描いているなら――

どうか、現場に足を運んでみてください。
木の香りや音、職人の手の動き、空間が立ち上がっていく感覚。
それらを五感で感じて、自分の図面に「実感」を加えてほしいのです。

最後に


私はこれからも、図面と現場の“あいだ”に立ち続けると思います。
それは、「建築とは何か」を問い続ける立場でもあるからです。

暮らしを支える家づくりには、知識だけではなく“人間の手と目と感性”が必要です。
そのことを、これからの世代に少しでも伝えていけたらと、そう願っています。

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