こんにちは。
私は長年、大工として現場に立ち、家を「手で組み上げる」仕事をしてきました。
一方で、設計士として図面を描く、1級建築士の顔も持っています。
いわば、両極にある世界を行き来してきた人間です。
だからこそ今、若い世代やこれから建築士を目指す方々に、ひとつ伝えたいことがあります。
あるとき、プレカット図面通りに刻まれた梁が、現場でうまく納まらなかったことがありました。
原因は、一本の柱の根元にあった“わずかなねじれ”。
CADでは見えないその微妙なズレが、全体の納まりに影響していたんです。
現場では、それをどう調整するか?
削るか、噛ませるか、納め直すか……判断は一瞬で求められます。
そこに必要なのは、“図面”ではなく“勘”と“経験”です。
最近は「職人の技術を残したい」「継承したい」という声も増えています。
動画や3Dスキャンで記録する、若手育成の制度を作る――確かに大切な試みです。
でも、技術はただの「手順」ではありません。
どうしてそこに墨を引くのか?
なぜその材料を、そう納めるのか?
その判断には、必ず“現場で培った理由”がある。
こればかりは、教科書や動画では伝わらない。
現場に身を置いて、やってみて、体で覚えるしかないのです。
私は今でも、図面を描くときには現場の風景を思い浮かべます。
この納まりは現場でどう施工するか?
大工が手を入れやすいか?
材料の重さ、段取り、施工の順番……。
現場を知らなければ、図面は「描けても伝わらない」ものになります。
だからこそ、若い建築士の方々には、
図面の線の先にある“手の動き”を想像できる人になってほしいと願っています。
AIが建築の世界に入り、プランニングや積算、施工の自動化も進んでいます。
とても便利な時代ですし、私自身も活用しています。
けれど、それだけで「いい家」ができるとは思いません。
素材の質感、現場の空気、人との会話、手応え。
それはAIにはまだ触れられない“人間の感覚”の世界です。
職人技は、古い技術ではなく、“人間らしさ”そのものなのだと思います。
私は、大工として現場を知り、建築士として設計を知りました。
だからこそ、その両方があって初めて、本当に豊かな家づくりができるのだと実感しています。
もしあなたがこれから建築士を目指すなら――
そして、すでに図面を描いているなら――
どうか、現場に足を運んでみてください。
木の香りや音、職人の手の動き、空間が立ち上がっていく感覚。
それらを五感で感じて、自分の図面に「実感」を加えてほしいのです。
私はこれからも、図面と現場の“あいだ”に立ち続けると思います。
それは、「建築とは何か」を問い続ける立場でもあるからです。
暮らしを支える家づくりには、知識だけではなく“人間の手と目と感性”が必要です。
そのことを、これからの世代に少しでも伝えていけたらと、そう願っています。