家づくりを考え始めた人の多くは、「構造計算をしている家なら安心だろう」と考えます。実際、設計者や住宅会社から
もそう説明されることがほとんどです。構造計算という言葉には、それだけ強い安心感があります。
しかし、その常識が大きく揺らいだ出来事がありました。2016年の熊本地震です。この地震では、新築で、しかも構造計
算を行っていた木造住宅が、現実に崩壊しました。古い家でも、違法な建物でもありません。当時の基準に適合し、計算
書も揃っていた家です。
「構造計算をしている=安全」という考え方が、必ずしも成り立たない。その事実を、熊本地震は突きつけました。
熊本地震後の調査で明らかになったのは、倒壊した住宅の多くが「計算ミス」や「手抜き工事」で壊れたわけではない、
という点です。許容応力度計算は成立し、壁量も基準を満たしていました。法的には問題のない建物でした。
それでも壊れた理由は明確です。建物がどのように壊れるか、そのプロセスまでを想定した構造になっていなかった。数
値としては合格でも、力の流れとして無理をしていた構造だったのです。
これは極めて重要なポイントです。構造計算を「していたかどうか」ではなく、「何を前提に計算していたか」が、結果
を分けました。
構造計算、とくに許容応力度計算は、本来とても有効な手法です。ただし、それには前提があります。力の流れが素直で
あることです。
ところが、実際の住宅設計では、間取りやデザインを優先するあまり、力の流れが途中で途切れてしまう計画が少なくあ
りません。計算は成立していても、構造としては無理をしている。その状態で地震を受けると、想定していない壊れ方を
します。
熊本地震で崩壊した新築住宅は、「弱い家」だったわけではありません。「壊れ方を想像していない家」だったのです。
最近の住宅では、大きな吹き抜けや広い空間が好まれます。問題は、その吹き抜けの下に柱がない場合です。本来、建物
の重さは柱を通って基礎、そして地盤へと真っ直ぐ流れていくのが理想です。これが「直下率」が取れている状態です。
しかし直下率を無視した構造では、その流れが途中で断ち切られます。すると、本来柱が受けるはずの荷重を、梁が肩代
わりすることになります。梁は柱よりも変形しやすい部材です。荷重が集中すれば、たわみが生じ、歪が発生します。
歪が生じると、力は設計時に想定していない方向へ逃げ始めます。梁を太くすれば計算上は成立します。しかし実際の地
震では、先に変形が起き、その変形が破壊の引き金になります。熊本地震で起きたのは、まさにこの現象でした。
許容応力度計算そのものが悪いわけではありません。問題は、それだけで設計を完結させてしまうことです。吹き抜けが
大きく、直下率が悪く、梁に荷重が集中している構造でも、部材を強くすれば数値は整います。計算上は「問題なし」に
なります。
しかし、建物は数字で立っているわけではありません。変形が先に起きれば、計算上の強さは意味を失います。壊れなか
ったとしても、床が傾き、建具が狂い、住み続けるのが難しくなる家になります。これは現場で実際に起きてきた現象で
す。
ここが、この記事の核心です。構造計算の結果は、計算を始める前の前提条件でほぼ決まります。私は構造計算を行う
際、初期設定の段階で必ず偏心率と直下率を評価に含めます。最初からそこを見なければ、どこが無理をしている建物な
のかが分からないからです。
幸い、私が使っている積算・構造ソフトは、許容応力度計算の段階でも偏心率や直下率を同時に計算し、NGであれば即座
に検索・検知できるようになっています。しかし、偏心率や直下率を初期段階で評価できない、あるいは評価しない前提
のソフトも存在します。
その場合、許容応力度計算だけが淡々と進み、部材を太くすれば「OK」が簡単に出てしまいます。設計者に悪意はなくて
も、重要な部分に目が向かないまま、合法な建物が完成してしまう。これが、いま静かに進んでいる危険です。
2026年4月、改正建築基準法が完全施行され、旧4号特例の経過措置が終了します。設計可能範囲が広がり、より多くの建
築士が構造図面を扱うことになります。ここで問われるのは、資格の優劣ではなく「経験」です。
梁のたわみを実際に見たことがあるか。直下が切れた建物の揺れ方を体感したことがあるか。こうした経験は、教科書や
ソフトの計算結果だけでは学べません。
急に枠を広げられた設計者や、売るだけが目的のメーカーが、重要なポイントに目を向ける余裕がないまま「計算が通っ
たからOK」と判断すると、熊本地震と同じ構図が、合法のまま再現されます。
熊本地震は過去の事故ではありません。構造計算をしていても壊れる家が現実に存在する、という事実を示しました。
2026年以降、構造計算はさらに一般的になりますが、同時に「計算しているのに危ない家」も見えにくくなります。
最後に伝えたいことは一つだけです。構造計算で本当に見るべきなのは、結果の数字ではなく、どんな前提で計算を始め
ているかという「設計の入口」です。吹き抜けの下に柱がない理由を、梁の変形まで含めて説明できるか。偏心や直下の
弱さを、設計でどう解決しているか。
熊本地震で崩壊した新築住宅は、「見るべきものを見ないまま、構造計算をしてしまった家」でした。同じことを繰り返
すかどうかは、設計の入口次第です。