YouTubeやネットで調べた「根拠」が、なぜ行政や専門家の窓口で通らないのか。
建築DIY相談の実例をもとに、制度が見ている本当の判断基準を専門家が解説します。
建築DIY相談で起きている“すれ違い”の正体
最近、建築やリフォーム、DIYに関する相談を受けていて、ある共通点に気づくことが増えました。
それは、相談者が感覚や勢いではなく、きちんと「根拠」を集めて考えているという点です。
YouTubeやネット記事を調べ、
「こういうケースならできるらしい」
「法律上は問題ないと説明されていた」
そうした情報を踏まえたうえで、かなり理性的に計画を立てている。
ところが、その計画を実務の窓口――行政や専門家に持っていくと、ほぼ確実にこう言われます。
「それはできません」
「その考え方では通りません」
ここで多くの人が混乱します。
根拠があるはずなのに、なぜダメなのか。
一体、どれが本当なのか。
この記事は、その疑問に答えるためのものです。
まずははっきり言っておきます。
例として出した相談者たちの思考は、おかしくありません。
「構造計算で問題ない部分だけならDIYしていいのではないか」
「住居でなければ、自分で申請できると聞いた」
これらは、どれも完全な思いつきではなく、ネット上に実際に存在する説明を根拠にしています。
本人たちは、
無茶をしたいわけでも、法律を無視したいわけでもありません。
むしろ「安全そうな根拠を集めて、合理的に判断しているつもり」なのです。
だからこそ、窓口で否定されたときに、強い違和感が生まれます。
「ちゃんと調べたのに」
「根拠はあるのに」
「なぜ一蹴されるのか」
答えは意外と単純で、根拠の“中身”が違うからです。
多くの相談者が持ってくる根拠は、
・制度の一部
・結果だけ
・条件が省略された説明
です。
一方、行政や実務の窓口が見ているのは、
・前提条件
・責任の所在
・制度として成立するかどうか
です。
ここが、決定的にズレています。
たとえば「構造計算で問題ない」という話。
構造計算そのものは、確かに安全性を確認するためのものです。
しかし制度上、その計算は資格者の管理下で施工されることを前提にしています。
計算結果だけを切り取って、
「じゃあここは素人がDIYしてもいいですよね」
という使い方は、そもそも想定されていません。
これは「計算が足りないからダメ」なのではありません。
前提が共有されていないから成立しないのです。
もう一つ多い誤解が、
「住宅じゃなければ資格がなくても確認申請できる」という話です。
これも、完全な嘘ではありません。
ただし、ここでも同じ問題が起きています。
確認申請は「書類を出す行為」ではありません。
その内容について、誰が責任を負うのかを前提とした制度です。
「設計は外注する」
「申請は自分でやる」
「でも責任は誰も持たない」
この形は、制度上成立しません。
だから窓口では、説明以前に止められます。
相談者から見ると理不尽に見えるかもしれませんが、
窓口側は「真偽」ではなく、制度としての整合性を見ているだけです。
ここで、話を単純化してはいけません。
YouTubeの情報がすべて嘘、というわけではありません。
相談者が間違っている、と切り捨てる話でもありません。
問題は、情報が“使われる前提”まで説明されていないことです。
動画や記事は、「できる/できない」を短く分かりやすく伝えます。
その代わり、
・誰が責任を持つのか
・どこまでが制度上の前提なのか
・例外がどこにあるのか
こうした部分が、ほぼ必ず省略されます。
その省略された部分こそが、窓口では一番重要なのです。
ここで起きている混乱を、整理するとこうなります。
相談者は「正しそうな根拠」を集めている。
窓口は「制度として成立する前提」を確認している。
見ている次元が違うのです。
だから、相談者の側では
「根拠が否定された」
と感じる。
一方、窓口の側では
「前提が合っていない」
と判断している。
このズレが、「どれが本当なんだ?」という疑問を生みます。
私が相談を受ける中でやっているのは、
「できる/できない」を断言することではありません。
相談者の思考を一度受け止めたうえで、
「その根拠は、どの前提の上に成り立っているのか」
「制度は、そこをどう見ているのか」
を翻訳して説明することです。
相談者が間違っているから止められるのではない。
YouTubeが嘘だから弾かれるのでもない。
前提と責任の話が共有されていないから、窓口で止まる。
ここを理解すると、多くの疑問は整理できます。
この記事の結論は、
「誰が正しいか」を決めることではありません。
本当のポイントは、ここです。
根拠には、
・前提が共有された根拠
・前提が省略された根拠
の2種類がある。
後者は、どれだけ集めても、窓口では通用しません。
制度が見ているのは、
「計算結果」や「一部分の理屈」ではなく、
その計画が責任を持って成立しているかどうかです。
もし、
「調べたのに通らなかった」
「根拠があるのに否定された」
と感じたことがあるなら、
それはあなたが浅はかだったからではありません。
見ている前提が違っていただけです。
その違いを理解することが、
遠回りのようで、一番の近道になります。