先日、建築士と施主が相談している場面に立ち会いました。施主は素朴に「この家具を置くならどう収めればいいか」
「壁を少し動かしたら大丈夫か」と質問していました。ところが、その建築士は肝心な部分に答えられず、上辺だけの説
明で話を濁していました。それでも「自分は専門家だ」と言わんばかりの態度を取る――正直、長年現場を経験してきた
私には、それがとても癪に障ったのです。
私は形式上「一級建築士」という肩書を持っています。しかし本音を言えば、この肩書にはずっと違和感があります。建
築士は社会的には信頼の証とされ、多くの施主は「家のことは建築士に聞けば間違いない」と思っています。ですが、40
年以上大工として実際に家を建ててきた私からすれば、「建築士が描く設計図」と「現場で必要な施工図」は全く別物で
あり、そこを誤解している施主が非常に多いのです。
この記事では、施主の方が知っておくべき「施工図は誰が描くのか」というテーマを、建築士と大工の両方を経験した立
場から本音で解説します。
設計図とは
・建築士が描く「確認申請用」の図面
・建築基準法や条例に適合していることを審査する資料
・構造強度、採光、避難経路などを示すことが目的
施工図とは
・実際に現場で工事を進めるための詳細図面
・下地材の組み方、仕上げ材の厚み、配管ルートなどを具体化
・「家を建てるための取扱説明書」と言えるもの
まとめ:設計図は「法律的に建てられること」を示す地図。施工図は「現実に建てられるようにするための地図」。この
違いを知らずに家づくりを進めると、後々大きな齟齬が生まれます。
多くの施主は「図面はすべて建築士が描いている」と思っています。しかし実際には、施工図を描くのは建築する側です。
・現場監督や施工管理者
・施工図専門の技術者(施工図屋)
・ゼネコンやハウスメーカーの施工図部門
・工務店の監督や大工
建築士は「確認申請用の設計図」を描くのが本来の役割。細かな納まりや下地の扱いまで施工図を描ける人はごくわずか
です。なぜなら建築士は、自分で建てた経験が少なく、材料や現場の収まりを理解していないからです。そのため「机上
では正しいが現場では収まらない図面」になりがちです。
ここで、施工図が不足して現場で困る典型例を紹介します。
1.階段寸法
基準法は満たしていても、踏面が狭く危険な階段になることがある。施工図で納まりを確認しなければ、
安全な階段にはならない。
2.窓の配置
採光やデザイン優先で配置した窓が、家具と干渉して使いにくくなる。施工図で寸法を具体化しなければ、
現場で窓を動かす追加工事が必要になる。
3.梁と天井高さ
設計図で梁の位置が曖昧だと、施工後に天井が下がり圧迫感が出る。施工図で事前に検討しておく必要がある。
4.収納の奥行き
設計図に「押入れ」と書かれていても、布団やケースが入らない寸法になることがある。施工図で詳細寸法を
描かなければ、使えない収納になる。
5.設備配管の通り道
壁や床下にスペースがなく配管が通らないことがある。施工図で経路を描いていないと、大規模なやり直しが発生す
る。
例えば、施主が現場で「この家具の配置を変えたい」「窓を小さくして棚を置きたい」と監督に相談したとします。その
とき、監督が困った顔をすることは珍しくありません。
なぜかというと、その変更が**構造に関わる部分(柱・梁・壁の位置や強度に影響するもの)**であれば、監督は勝手に
直せないのです。建築士に依頼して設計図を書き直し、確認申請を修正しなければならないからです。
一方で、構造に影響しない軽微な変更(棚板の高さ、建具の開き方、仕上げ材の色など)であれば、監督や施工管理
者が施工図を修正して対応できます。そのときは「わかりました~」とすぐに引き受けてくれるでしょう。
この違いを知っていると、施主は「なぜ監督が困った顔をするのか」を理解できます。つまり、建築士は法律と構造を守
る役割、監督や大工は現場を収める役割を担っているのです。
近年の法改正で2級建築士の業務範囲は拡大しています。しかし、知識や経験が追いつかないまま資格だけが広がっている
のが現実です。
大工や監督の中には2級建築士を取得している人も多くいますが、知識が上辺だけで施工図を描きこなせる人はごくわず
か。結果として、図面と現場のズレが放置され、品質の低い住宅につながるケースも見られます。
結局のところ、重要なのは肩書きや資格ではなく、実際に建てられる知識と経験を持っているかどうかです。
・設計図と施工図は全くの別物
・施工図を描くのは建築士ではなく施工側(監督・施工管理者・施工図屋)
・建築士の図面だけでは家は建たない
・家の出来を左右するのは施工図の精度
・肩書きや資格よりも、現場を知る人に相談することが安心につながる
私は建築士であり、大工でもあります。肩書き以上に大切なのは、現場で培った知識と経験を施主に伝えることです。こ
の視点から、今後も「本当に役立つ家づくりの知識」を発信していきたいと考えています。